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第51回日本伝統鍼灸学会学術大会(広島大会)
第31日本刺絡学会学術大会併催
2023年(令和5年)10月28日(土)・29日(日)、広島県広島市東区民文化センターにおいて日本伝統鍼灸学会学術大会が開催されました。大会テーマは「風は西から」。
今大会も、北辰会から複数の講演・発表がありましたのでご報告します。
初日午前の一般口演、北辰会のトップバッターは筒井まりか先生。
演題は「機能性ディスペプシア(FD)の1症例」。ひと昔前までは「ストレス性胃炎」や「神経性胃炎」の名称で片づけられていた検査では異常が認められない疾患で、2013年に認可されました。腹部症状で医療機関を受診される患者の中でかなりの割合を占めている疾患です。
鍼灸治療の適応症といえば、一般的にはいわゆる整形外科疾患が主とされていますが、筒井先生の報告は、内科疾患もまた鍼灸の得意とする分野であることを再確認させてくれるものでした。
一般口演後半の最後は、北辰会代表・藤本新風先生。
演題は「気至と得気について」。これは鍼を手にする者なら誰しも避けては通れない重要なテーマです。これが正しく理解できていなければ、どれだけ緻密な弁証論治ができたとしても、最後の鍼一本の施鍼で全部台無し……なんてことにもなりかねません。しかし残念なことに、現状ではこの二つの概念が混同されているようです。今回の代表の口演は、『黄帝内経』『難経』以来の医古典を紐解いていき“おそらくここから混同が起こったらしい”という文献にも触れながら、あらためて「患者側の良性現象である“気至”」と「術者側が感じ取る“得気”」の概念について詳らかにする、意欲的な発表となりました。
毎回、鍼一本での真剣勝負である北辰会方式では、その一本で得られる“気至”と“得気”ははっきり区別され、そのどちらもが治療の成否に大きく関わる重要な概念なのですが、他の流派では、往々にして“得気”=“気至”とされています。しかしそこはやはり同じ伝統鍼灸を奉ずる者同士、今回の代表の分析は非常にインパクトがあったようで、立ち見で人があふれんほどの盛況ぶり。会場からも質問があがり、代表が真剣に答える素晴らしい発表となりました。
みなさんにもぜひ見ていただきたい今回の口演、残念ながらアーカイブ配信はないとのこと。やはり学会には可能な限り参加していきたいものですね。詳細がどうしても気になる先生は、定例会で代表をつかまえて聞いてみましょう(笑)。
初日の午後は、学術部企画「新型コロナ感染症罹患後後遺症に対する伝統鍼灸治療の実際 ~疲労・倦怠感~」。
北辰会からは引き続き、新風代表が「Long COVIDに対する北辰会方式鍼灸治療」と題し、実際の症例を複数紹介した上で、Covid-19をどう捉えるのか、に話を広げて発表されました。
北辰会からの初日の発表をしめくくるのは、「受賞記念講演」!
昨年の日本伝統鍼灸学会において、北辰会会長・藤本蓮風先生の著書『経穴解説 増補改訂版』が「日本伝統鍼灸学会創立50周年記念 会長特別賞」を受賞したのはみなさんもご承知の通り。
今回、蓮風会長は都合により出席できませんでしたが、奥村裕一学術部長が事前に会長にインタビューされ、その動画を紹介する形での講演となりました。
動画上映に先立ち、奥村先生より以下のお話がありました。蓮風会長が間中賞を受賞した『臓腑経絡学』(藤本蓮風監修・主編、アルテミシア刊、2003年)に言及されたこと。
会長の若かりし日の著作『伝統医学の諸問題』について、故間中喜雄先生から、鍼灸家の立場から真面目に東洋医学に取り組んだ」と評価されたこと。
腹部打鍼の秘伝書『鍼道秘訣集』を弁釋し、日本鍼灸独自の打鍼技術はもちろんのこと、その精神性や思想性に着目し鍼を立てる内の心持を大事としてきたこと。
さらに、40年前、当時鍼灸界では顧みられることのなかった舌診に着目して『舌診アトラス』を刊行したこと。
またそれ以降も舌診の研究を重ねたことが広州中医薬大学から評価され、学術協定締結にまで至ったことなどを話され、ここに到るまでの大事として「鍼を楽しめ」と、後学を激励されたことが紹介されました。
上映された動画の中で、蓮風会長は、近年の臨床では白血病や統合失調症の患者にも鍼が効いたことを報告され、傘寿を迎えられた現在もなお、意気軒昂なご様子。
日本伝統鍼灸学会会長特別賞を受賞した『経穴解説 増補改訂版』は、10年近く前の時点での見解であり、「あれから研究が進み更に見解が進んでいる」「もう一冊、改訂版を出さないといけない」とお話されると、立ち見も出ている会場からは驚嘆の声があがりました。
動画では腹部打鍼の実技も会長自らが披露。
火曳きの鍼ひとつで、瞬く間に腹候が変わるその模様は“圧巻”の一語に尽き、会場からは驚嘆の声が上がりました。
当日上映された動画は、伝統鍼灸学会の許可を得て、YouTubeで公開しています。ぜひご覧ください。
大会2日目。北辰会からの一般口演は、准講師・飯野祐二先生の「両上肢の痛みと顔面神経麻痺の一症例」。
主訴は両上肢の痛みで、痛み止めの服用を欠かせなくなった患者さんに、北辰会方式の一穴で治療したところ、両上肢の痛みが治まっただけでなく、20年来抱えていた顔面神経麻痺まで改善したという「異病同治」の症例。顔面神経麻痺の改善に関しては、「NRS」「柳原法」「Sunnybrook法」のスコアによって、客観的にも証明されていました。
実は、飯野先生も初日トップバッターの筒井先生も、学会発表は今回が初めてとのことでしたが、お二人とも実に堂々とした発表でした。
さて、今回の学会には、蓮風会長の著書『弁釈鍼道秘訣集』をポルトガル語に翻訳された Valério Lima先生が、遠く地球の裏側、ブラジルから来日、参加されていました。
Valério Lima先生と北辰会は、2016年のWFASで Valério先生が蓮風会長の打鍼実技を体験され、その効果に驚嘆されて以来のがおつきあい。
今回持参されたご自身の著書『O ESPÍRITO DO JAPÃO Uma Jornada Pela Acupuntura Japonesa』(日本の精神:日本の鍼治療を巡る旅)では蓮風会長の夢分流打鍼術についても述べられています。
2025年には、 Valério 先生の招聘を受け、当会代表の藤本新風代表がブラジルで講演する予定です。
同じくブラジルに招聘されている呉竹学園東京医療専門学校鍼灸マッサージ科学科長の船水隆広先生とValerio先生をはさんでの一枚。
※ Valério先生については北辰会公式ブログ「鍼がつなぐブラジルと日本」(2020.09.28)、【お知らせ】国際日本伝統鍼灸医療学会で藤本新風代表がトップバッターとして講義を配信(2021.11.04)に関連記事あり。また、蓮風会長(藤本漢祥院)のYouTube上には『夢分流打鍼術 ブラジル オンラインインタビュー』、2023年11月ヴァレリオ(Valério Lima)先生の見学と治療の様子)があります。
プログラム終了後は北辰会一同揃って和やかな集合写真を一枚。
最後になりましたが、本大会は訃報の哀しみを乗り越えての開催でした。
歴史ある日本伝統鍼灸学会の会長という大任を務め、長きにわたり伝統鍼灸の振興にご尽力された東京九鍼研究会前会長の石原克己先生が、今年1月にご逝去。また本広島大会の会頭を務められるはずだった南絵美子先生も昨年12月に急逝されました。謹んで哀悼の意を表します。
石原前会長は生前、打鍼の研究もされており、その御縁で、北辰会とも交流があり、伝統鍼灸学会の壇上でも交流させていただきました。
私事になりますが学生の頃、学生有志の勉強会に石原先生を講師としてお招きし、ご指導いただいたことがありました。いつかその時のお礼を申し上げたいと思っていた矢先の訃報で、残念でなりません。
人と人との出会いはまさに一期一会。この時、この瞬間を大事にしなければいけないと、あらためて肝に銘じました。
ここに、石原克己、南絵美子両先生のご冥福を心よりお祈り申し上げ、伝統医学の隆盛のため、北辰会一同尽力する所存であることを御霊前にお誓い致します。
(文責:千葉顕嗣)