第52回日本伝統鍼灸学会東京大会に参加して

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 去る令和6年10月26日から27日にかけて、東京都江戸川区のタワーホール船堀にて第52回日本伝統鍼灸学会学術大会が開催されました。

 今大会には、当会より坂井祐太先生がシンポジストとして参加しました。

 

 シンポジウムのテーマは「証について-腎虚証の捉え方と治療-」。「証」というテーマは、日本伝統鍼灸学会の前進組織である日本経絡学会発足の頃から伝統鍼灸における証の概念を統一していこう、という取り組みを続けてこられたこともあり、伝統鍼灸学会にとっては重要なテーマとも言えます。

 坂井先生の講演は、まず、北辰会の「証」に対する基本的な姿勢についてのお話から始まりました。北辰会方式では学術用語に現代中医学の用語を使用しており、当然、「腎虚証」の定義は現代中医学に準じてはいます。ですが、証を固定的に捉えず、病因病理に重きを置き、腎虚証に至るまでの病理によっては治療選穴が「腎虚=補腎(補法)」とばかりには必ずしもならないことをお話しされました。

 

 北辰会方式では、初診時の問診に時間をかけることで有名ですが、目の前の患者さんに腎虚証の体表所見や愁訴があったとしても、診察時点の腎虚所見を呈するまでの患者さんの歴史を振り返り、病因病理を解析していくと、臨床所見が腎虚の所見だからといってイコール補法、と短絡的には決められないことがわかります。

 病気の標本主従を明らかにすれば、例えば腎虚なのに治療穴は「百会」という配穴も十分にありえるわけで、こういう話はもう少し、他の会の先生方とも討論してみたい内容ですが、タイムテーブルの都合上、そこまで踏み込んだ議論にはならなかったのが、少々、名残惜しい講演でした。

 

 シンポジウムのなかで、座長の手塚幸忠先生から、学校教育における「証」の取り扱いとその影響について、各団体で指導する中で感じることはないか、という質問がありました。それに答えて、坂井先生は、学校を卒業さえすればすぐに臨床に立てるレベルには当然ながら程遠いという現状を踏まえた上で、ある程度、基本的な用語を覚えて卒業してきてくれるので、そういう点では現在の学校教育も意義があるのではないかという話をされました。

 

 現在の学校教育は現代中医学を基本として東洋医学概論を教えていますが、現代中医学の用語を基本に据えつつ、日本の古流派の発掘と追試、「気一元」の太極陰陽論を展開し、臨床古典学の姿勢をとる北辰会にあっては、学校教育で触れる現代中医学を生きた学問として展開していくことこそ、北辰会の真骨頂であり、また使命ではないかという思いが致しました。

 

 「証」に対する見解を各流派が統一していくという作業は、まだまだ課題山積ですが、日本の伝統鍼灸を奉ずる者達にとっては、放置しておくわけにもいかない課題かもしれません。

 と申しますのも、シンポジウムとは別の講演で、伝統鍼灸学会の会長である和辻直先生が講演されました「鍼灸電子カルテ標準参照仕様の策定における現状報告」の中でも触れられた、WHO(世界保健機関)を舞台に自国の中医学を世界基準とすることを国家戦略として推し進めている中国と比べて、日本の現状が寂しいものであるからです。

 現代中医学は湯液を主軸に組み立てられている面が強いのですが、伝統鍼灸にとって欠くべからざる「経絡」の概念を「経絡病証」という用語でICD-11(国際疾病分類第11版)に採り入れられたのは、日本側の働きかけも大きかったそうですが、今後、実際にあまり使われていないという結論に持っていかれると、次の策定で削除されてしまう可能性もあります。

 湯液が重視する臓腑と、鍼灸に欠くべからざる経絡、とはいわれますが、両者は本来、不可分のものであるという「臓腑経絡学」が北辰会の基本学術です。臓腑経絡を臨床次元において日々活用しているという事実を北辰会一同で積み重ねていき、こうした学会などで症例報告なども行っていくことも大切なことだと改めて思います。確かに日本では経絡を運用しており、その証拠に、経穴に一本、鍼を打つだけで効果を実証しているのは数名の名人だけではない、と世界に発信できるように尽力していきたいものです。

 

 和辻会長の鍼灸電子カルテのお話の中で、日本の鍼灸師向けに行った「カルテをつけているか?」という、リサーチに対して、数割の「正直な回答者」が「つけていない」と答えたことに触れて、「これは氷山の一角です」という言葉には心寒い思いがしました。

 規格統一の壁や、利用者の絶対数が少ないとコストが上がるという問題もあって、鍼灸電子カルテは難しい課題ではありますが、時代の流れでカルテの電子化はきっと避けられないものとなるのでしょう。詳細なカルテを運用し続けている北辰会が果たす役割は大きなものとなるはずです。

 

 日々、臨床を続けることはもちろん大事ですが、時にこうした学会に赴き、他流の様子や鍼灸を取り巻く世界の情勢について、俯瞰的に確認することも大変勉強になります。会員の皆さんもぜひ、学会に参加することをお勧めして報告に代えさせて頂きます。

報告者:千葉顕嗣

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