シンポジウム 「臨床における経絡・経穴の意義を改めて問う」をみて
シンポジスト:
(一社)北辰会代表理事 藤本新風
東京医療福祉専門学校 教員養成科 講師 橋本厳
東京大学医学部附属病院 リハビリテーション部 鍼灸部門 主任 粕谷大智
司 会:明治国際医療大学 鍼灸学科 教授 和辻 直
コーディネーター:九州看護福祉大学 鍼灸スポーツ学科 教授 篠原 昭二
2021年6月4日(金)から6日(日)の3日間に渡り、第70回(公社)全日本鍼灸学会学術大会、福岡大会が、完全オンラインにて開催されました。
(公社)全日本鍼灸学会は、戦後間もない頃に日本鍼灸治療学会として始まった、日本最大かつ現代日本鍼灸界を代表すると言える学術研究団体で、今大会は70回目の節目にあたります。当初は大会場での大規模な開催が期待されていたのですが、コロナ禍の時局下、残念ながら完全オンライン開催となりました。
ところが、完全オンラインにしたことで、参加費が大幅に下がったことも手伝って、結果的には地方開催としては通常より多い、約1600人の参加者が集まったのです。
実際に福岡に行くことを思えば、交通費不要、宿泊費不要と、向学心はあってもお金や時間がない人間にとってはメリットの方が大きいと言えなくもありませんが、親睦を深める場もなし、見聞を深める観光もなしという点は、いささか寂しいものです。とはいえ、会場のみでの開催より、遥かに参加しやすくなったのは確かです。
オンライン開催と聞くと、臨場感が得られない、参加者の反応が分からないなど、デメリットが頭に浮かびますが、申し込みさえしておけば、オンデマンド配信で講演内容を確認し、自分が気になった講演は何度でも納得いくまで視聴することができること、実技供覧であれば、著名な先生の手元を鮮明な画像で何度でも視ることができるなど、オンライン開催ならではのメリットも実感しました。
今回のオンライン開催の成功は、2016年につくばで行われたWFASのような国際学会、ひいては海外で開催される国際学会に、日本の自宅から簡単に参加できる日が近いことを示唆しています。IT革命、DX化、グローバル化の更なる加速が予想されるなか、今回のような形態が今後の学会開催の主流になることを予感させる運営でした。
さて、今大会のシンポジウムテーマは「臨床における経絡・経穴の意義を改めて問う」、そこに当会代表理事である藤本新風が、シンポジストとして参加しました。
1952年「経絡否定論」に端を発したいわゆる“経絡論争”では激しい議論が交わされましたが、現代の鍼灸界においては、現代科学派と伝統遵守派の表立った激しい対立もなければ、伝統派の中の諸流派間における激しい対立や論争もほとんど存在しません。
国家資格さえ取得してしまえば、それぞれがそれぞれの現場で、それぞれの支持者(患者や一門)を集め、その人たちに向け自由に、ややもすれば野放図に、日々の臨床を展開しているのが今日の鍼灸界の現状のように思われます。この現状を、1950年代と比較してどうとらえるかは読者諸賢に委ねるにとどめますが、今回のテーマ「臨床における経絡・経穴の意義を改めて問う」は、これを機に現状の打開につながるような、令和版「経絡論争」とでもいうべき議論が起これば、という提案者の期待を反映したものとのことで、冒頭に司会の和辻先生から、本テーマを提案するに至った現状認識・問題意識として、以下の説明がなされました。
- 現代研究では経脈への意識が希薄
- 一方で、ICD-11では経脈病証が採択された
- 経脈病証と、経絡を活用した治療との関係が不明瞭
- 学生は、国試のための経絡経穴の機械的暗記に留まっている
- 経脈病証の具体的な利活用は日本鍼灸界の大きなテーマの一つ
続いて、橋本先生、粕谷先生、そして藤本の3名が、この問題意識に基づき「経穴」・「経脈」・「経脈病証」それぞれの意義について講演。各講演の詳細についてはぜひ本編のオンデマンド配信をご覧いただき、ご自身で確認していただければと思います(こちらから、6.10まで申し込み可能)。橋本先生も粕谷先生も、講演の中で経絡経穴と、西洋医学的、解剖学的な筋骨格系や神経血管系との関わりを強調されたのですが、粕谷先生が近年話題の「ファッシア」と経絡の類似性について言及されると、それに対し、当会代表藤本は、そういった科学的、現代的な研究も重要であると認めつつも、北辰会の基本的立場である臓腑経絡学説、気一元論、太極陰陽論などに立脚し、中国伝統医学の歴史的変遷、各家学説を網羅し、現代の現実の臨床現場における臨床事実を踏まえた上での経穴・経絡に対する認識を以って臨床治療に臨み、適切にそれを運用することが重要であることを強調しました。
また藤本は、今ではあまり顧みられることのない、昭和の経絡治療の唱道者であり、経絡論争の中心人物でもあった竹山晋一郎先生や、戦後、GHQの鍼灸廃止案に対して理論的に反駁し、鍼灸の「国民の医療」としての制度的存続を守って下さった、当時の東大教授 板倉武先生の主張を引用し、東洋医学と西洋医学では、そもそもの立場、拠って立つところの哲学に相違があることをまず認識することの大切さを、繰り返し強調しました。
これは、当会の現会長であり創始者でもある藤本蓮風の時代から、当北辰会が繰り返し主張してきたところであり、我々会員は、今後もこの立場に立って日々の臨床に向き合い、そこで得られた事実をもとに、更なる主張を展開することを再確認し、同時にそれを行動で示すことを決意しました。
これは、頑固であるとか融通が利かないとか、現代的でないということではなく、東アジアにおいて、数千年に亘る悠久の「実践から理論へ」の歴史から生み出された鍼灸、この鍼灸という道具を用いて治療を行う我々が堅持すべき基本的な姿勢であると考えています。
経絡・経穴はもちろんのこと、人体、自然に対する東洋医学的(中国伝統医学的)な認識や理解なくして、東洋医学的な鍼灸臨床は成立し得ませんし、そもそもそれなくして、現代における鍼灸治療の真価や是非を問うことは出来ないのではないでしょうか。
シンポジストの一人であった橋本先生からも終盤に発言がありましたが、今大会の3日間の全プログラムの中で、このシンポジウムの閲覧者数が最も多かったということは、こうした議論を望む声がいかに大きいかを示しています。今後、全日本鍼灸学会にとどまらず伝統鍼灸学会などでも、今回のテーマが引き続き議論され、さらに深まることを期待して止みません。
2021.6.7 文責 竹下有