公益社団法人 京都府鍼灸師会 「第57回東洋医学大講演会」講演報告

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2024年11月17日、京都市内の登録会館で開催された、公益社団法人京都府鍼灸師会第57回東洋鍼灸医学大講演会における、北辰会会員である医師・笹松信吾先生(洛和会丸太町病院総合診療科)の講演「内科疾患に対する漢方・鍼灸治療 総合診療科での実践」を聴講しましたので、報告いたします。

 

この講演会は、その副題に「みんなの『はりきゅう』広場 東洋医学を学んで健康に」とあるとおり、「みんな」のための、入場無料の公開講座で、聴衆の約半数は一般の方でした(下写真)。総合診療医、救急医、かつ東洋医学医である笹松先生ならではの視点から、日々の臨床に基づいたさまざまな知見を幅広く、またわかりやすくお話しされ、一般の方だけでなく、私たち鍼灸師にとっても大変有意義なものでありました。

 

まずは、ご自身の略歴と東洋医学に興味をもったきっかけからスタート。幼少時は、病弱で点滴や薬が苦手だった経験から、より自然で痛みの少ない治療に興味があったそうで、医師となってから、漢方・鍼で病気が治るのを実際の現場で見て、東洋医学に確信を持たれたとのこと。

 

まず、心身二元論に基づき身体と心を分けて診る近代西洋医学とは異なる、東洋医学の基本概念である心身一元論に基づいた「心身一如」[1])について、はっきりと提示されました。

[1]) 心身一如とは、禅僧の栄西(1141〜1215)が『興禅護国論』(1198年)の中で説いて以来、本邦に広がったとされ、東洋的身体観を表す禅語としてよく引用される。西村惠信監修『傍訳興禅護国論』では、長蘆宗賾編『禅苑清規』(1103年)から取要したとされるが、『禅苑清規』では「身心一如」とあり、長い歴史の中で、転写を繰り返す内に誤写が起こったとも、時代背景もあって編者が故意に変えた可能性も指摘されるが、精神と肉体は不可分のものとする東洋的思想であることには変わりはない。

(参考:仲紘嗣「〈心身一如〉の由来を道元・栄西それぞれの出典と原典から探る」『心身医学』51巻第8号、2011年)

 

笹松先生は、現在、病院の総合診療科にお勤めですが、その説明も大変興味深いものでした。

総合診療科を受診される患者さんというのは、どの科にかかればよいかわからない方や、原因不明の病気で困っている方が多いのですが、こうした患者さんは、ある大学病院のデータによるとほとんどの場合、診断名がつくそうです。

ただし、そのうちの約三割は、診断名はつくが治療がうまくいかないことが多い「機能性身体症候群(FSS)」の患者さんだとのこと。

「機能性身体症候群(functional somatic syndromeFSS)」とは 

明らかな器質的原因により説明できない身体的訴えがあり、それを苦痛と感じて日常生活に支障をきたす病態

 

生物医学・心理社会的な要因が多面的に影響する

(例:線維筋痛症、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群、過換気症候群、

機能性ディスペプシア)

・不安・うつ・緊張・興奮など多彩な精神症状を伴う

・各疾患には似通った愁訴・症状が多い

・FSSに含まれる疾患が相互に合併することが多い

(例:偏頭痛、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群、月経困難症、

めまい症、不眠症を合併する若年女性)

※但し、後に器質的原因が明らかになることもある。

こうした患者さんを、実際に臨床で扱った経験のある方もおられるのではないでしょうか。

笹松先生によれば、患者さんには、以下のような共通する傾向が見受けられるとのことです。

  1. 自分の心と身体に関心を持っていない人が多い
  2. 身体の調子が悪いと他人のせいにしがちである
  3. ドクターに丸投げする人が多い

FSSと診断が確定しても、決定的な治療法がないことも多く、そんな時には鍼・漢方を用いることもあるとのこと。よく耳にする「自律神経失調症[1])」には診断基準はなく、よくわからない症状をごまかすときに用いられることが多いそうです。

 

[1]) 視床下部における高位自立神経中枢と末梢自律神経からなる自律神経系は、大脳皮質・大脳辺縁系の影響を受け、内分泌系とも密接に関わるが、器質的原因や内分泌系の機能障害などが除外されてなお、全身倦怠感、易疲労性、動悸、息切れ、しびれ感、頭重、胃のもたれ、食欲不振など不定の愁訴を訴える患者に付けられる病名であり、明確な定義はない。

(参考:阿部達夫「自律神経失調症の概念」medicina vol.19 no.10、1982年)

なお、総合病院内で東洋医学を活用するにあたっての手順も説明されました。

 

まずは

西洋医学的な診断をつける

診断がつかない間は、東洋医学的治療は行わないのが原則

西洋医学ですぐに解決する問題も多い

②西洋医学的な診断がついたが、西洋医学では治療法がない

あるいは、あっても病状に改善が見られない

あるいは、患者に西洋薬をできるだけ使いたくない事情がある

(医学的な理由だけでなく、患者自身の考え方など)

 

➡ 以上を踏まえて、はじめて東洋医学的診断と治療を採用

 

西洋医学も東洋医学も、まずは診断が大切。診断がつけばいろいろな治療法が使える、と強調されました。

ここから、東洋医学的な診療の流れを図を用いてわかりやすく説明され、一般の方が感じておられる疑問点に答えながら、具体的な例を挙げて答えておられました。

以下は、その一例です。

 

Q.漢方や鍼で悪くなることはないのか?

 

  1. たくさんある。身体を良くすることも悪くすることも可能。

使い方次第、腕次第!

 

悪化する例として

  • 気血が充足している人に、十全大補湯(=気血を補う薬)

⇨診断の誤り

  • 気血が不足している人に、補法の鍼をしたつもりが瀉法になる

⇨治療の誤り

 

※瞑眩については「治療者は瞑眩か否かを見分ける力が要求される」

 

さらに、漢方薬の副作用の例もいくつか挙げて、「漢方=やさしい、安全」という世間的イメージに対して注意喚起されました。

もちろん、「正しく使えば大部分は防げます!」と付け加えるのも忘れません。

 

続いて「鍼治療の実際」の話に入るのですが、それに先立ち、「北辰会」の理念である、

  • 「東洋医学は真に医学である」
  • 「東洋医学による病の治療をの両面の立場から追求する」
  • 「東洋医学による人のの救済を目指す」

この三つを挙げられ、一般の方はもちろんのこと、「北辰会」の会員ではない鍼灸師の方も、圧倒されたのではないかと思います。笹松先生の医療者としての覚悟と姿勢が伝わってきました。

 

「北辰会」の特徴として、

①基礎理論は現代中医学(中国の書籍や論文が活用できる)

②丁寧な問診・診察(体表観察)で多面的に病態を把握

③日本伝統鍼灸古流派の技術を応用

④少数配穴(1~2鍼)、痛みは最小

以上の四点を挙げられました。

 

講演の中では質問タイムも設けられました。以下は、会場から実際に出された質問と、それに対する笹松先生の答えです。

 

Q.問診や体表観察に時間をかける「北辰会方式」を、具体的にどう活用しているのか?

 

A.週1回の外来診療日の午後、ひとり30分ほどで治療している。問診については初診時にすべて訊けないので、経過をみながら的を絞って訊いている。

Q.どうして鍼は1本しか刺さないのか?

 

A.逆に、なぜ複数刺鍼するのかわからない。1本だと、効果判定が的確にできるのでシャープな治療が可能となる。複数刺鍼すると、どの鍼がどう効いたのかわからなくなる。

 

また、笹松先生の「北辰会」との出会いについては「たまたまです。ただ、一生のうちに数回あるかないかという、とても幸運な偶然でした」と、蓮風会長とのツーショットをスライドで映しながら笑顔で話されたのが印象的でした。(※『蓮風の玉手箱』https://renpu-tamatebako.blog.jp/archives/cat_415898.htmlを参照のこと。)

 

その後、新風代表の治療(体表観察~刺鍼)を動画で紹介。打鍼や古代鍼での治療も上映され、いつもながらの無駄なく美しい治療に見惚れてしまいました。左「不容」への打鍼で治療され、一気に腹部の緊張が緩み生気がよみがえるさまは圧巻でした。

 

最後に、笹松先生から一般の方々へのメッセージが、大変感銘深いものでした。今の日本社会に生きるすべての人にお伝えしたい内容だと思います。

 

「病気にならないために」

 

・あなたは、大切な自身の身体と心にどれくらい興味を持っていますか?

・身体の不調、他人のせいにしていませんか?

・医者に身体のことを丸投げ、していませんか?

・自分の飲んでいる薬の意味、説明できますか?

 

この問いかけに続けて、

 

・自分の身体と心にもっと興味を持ちましょう

・治療に興味を持ちましょう

→ 薬の名前、働き、副作用を知って飲みすぎないように(多くとも10種類まで)。

副作用の具体例として、浮腫(降圧薬など)、めまい(神経痛の薬など)、認知機能の低下(睡眠薬、一部の胃薬など)、興奮・徘徊・転倒(認知症の薬など)、悪夢(睡眠薬、一部の漢方など)、血栓(ピルなど)等。

・生活習慣を見直しましょう

と提案されました。

 

特に「生活習慣を見直す」については、さらに踏み込んで話をされ、単に運動や睡眠、食事(これは病院でもよく言われますね)にとどまらず、「体を見直す」「心を見直す」という、東洋医学ならではの「心身一如」の視点での提言には説得力がありました。

 

さらに、「病気はチャンス」という話に進みます。

 

病気はチャンス→生活習慣を見直す

体を見直す心を見直す

・運動習慣                                           ・自分と向き合う

・体の使い方                                       ・家族と向き合う

・飲食                                                  ・仕事と向き合う

・睡眠習慣                                                                               など

・スマホの見過ぎ など

病気は、生活習慣を見直すまたとないよい機会です。ここでの生活習慣とは、身体のクセだけでなく、心のクセも含んでいて、これを見直すには時間とエネルギーを要します。私見ですが、身体からアプローチすることで心のクセが緩んで心身ともに調っていくことが、鍼灸治療の醍醐味のひとつと再認識しました。

 

そして、大多数の方が気になっている「がんについて」のお話になります。

 

「がんは予防できるのか」

 

・中医学の観点では、現代人のがんは気の停滞(気滞)からはじまることが多い

 

・運動、心の伸びやかな生活(イライラしない、怒らない)および気の巡りを良くする適切な鍼灸治療で予防できる可能性がある

ここで東洋医学からみた、がんの病因病理(七情刺激・飲食過度・労累・内傷)を図示して説明されました。さらに、おそらくは皆さんが一番知りたい話に進みます。

 

「がんは東洋医学で完治するのか」

 

・がんに対して治療をしないまま、がん細胞が「自然退縮*」したという報告は複数あるが、全癌患者数からみれば稀少な例である

例)腎細胞癌、白血病・リンパ腫、神経芽腫、乳癌、黒色腫

(*無治療あるいは癌の増殖に影響を及ぼすと考えられる治療を受けていない状態で部分的あるいは完全に腫瘍が消失すること)

・標準治療以外では悪くなることがほとんど(特に乳癌の患者さんに多い傾向)

 

・西洋医学的な治療を優先したほうがよい (併用は可)

と、がんに関しては、まずは標準治療を基本とするべき、とはっきり示されました。

 

まとめとして、漢方・鍼灸は身体に優しく、適切に使えば身体が良くなり、いろいろな不調が同時に良くなることも多い。しかし、限界もあるので西洋医学も十分活用すべきである。さらに、自分で自分の身体と心を良くする努力をすることも必要、と締めくくられました。

 

専門的な内容も含まれた1時間半の講演でしたが、質問タイムでは鍼灸師だけではなく、一般の方からの質問もあって盛況な講演となり、終了時には大きな拍手が送られました。聴き手に伝わるように終始穏やかな語り口ながら、笹松先生の患者さんと病に向き合う揺るぎない情熱が会場を包んでいたように感じました。また、講演終了後は、笹松先生をつかまえて真剣な面持ちで相談される方もいらっしゃいました。

 

鍼灸師会の講演で、医師の立場から「北辰会」について詳細に述べられたこと、一般の方に向けて「心身一如」の概念に基づいた健康への具体的な提言をされたことは、とても意義深いものです。医療に対する笹松先生の真摯な向き合い方が、私も含め、来場者の心に強く響きました。ご講演くださいました笹松先生と講演を企画された京都府鍼灸師会に感謝いたします。

報告:川越透恵

文責:千葉顕嗣

 

※ 本稿の編集にあたり、講演者である笹松信吾先生にご助言を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

京都府鍼灸師会の公式サイト

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